次の日、ジェイスは早朝に目覚める。
ストレス発散のためのジョギング中、ドジーくんと出くわした。ドジーくんも早朝のジョギング中だった。
奇遇ですね、おはようございますドジェイス主任。
営業たるもの、体力勝負ですから。
……おはよう、ドジー。奇遇だな。
しかし“営業たるもの体力勝負”とはよく言ったな。
――君は昨日、自分をエンジニアだと主張していたはずだが?
(横目でじろりと睨みながら、皮肉っぽく口角を吊り上げる)
……で、今日はどちらの職種で走っているつもりだ?営業か、エンジニアか。それとも“トランクス管理士”か?
トランクス管理士……いいですね! 社内転職を相談しようかな。
ドジーくんが本気で考え始めたため、ジェイスは真顔になる。
ドジー! 何やっているんだよ!
システム障害だぞ、早く来い!
まさかのここで社員Aも並んでジョギングすることになった。
社員Aさん。今日は休日ですよ。
おお、そうだった!
ドジェイス主任。社員Aさんの挨拶は「システム障害だ、早く来い!」なんです。本当にシステム障害のときにも同様の掛け声なんですけどね。
……なるほどな。君の“挨拶”の基準が既に業務災害レベルだということは理解した。
社員Aよ。君のその掛け声、休日のジョギング中にまで放つのは近隣住民にとって“精神的障害”になりかねん。せめて『おはようございます』くらいは言えないのか。
(ドジーに視線を戻し、溜息混じりに)
……しかし、ここまで来ると君の“社内転職案”も冗談で済まされなくなるな。トランクス管理士……実際に新設されてしまう可能性があるのが恐ろしい。
えっ? ジェイスさん、トランクス管理士って今一部で人気な職種っすよ!?
まさか昨日あんなに特殊効果の高い防具(トランクス)を物干しで披露してくれたジェイスさんが知らないなんて……っ!
これは世界のシステム障害だーっ!!!
ちなみにぼくのトランクスは社内の腐女子に人気で、ドゥーくんのトランクスは社内の夢女子に人気でしたが、ジェイス主任のトランクスは社内の萌豚やキモオタどもから圧倒的な支持を得ていました。ジェイス主任が目指せば、トランクス管理士どころかトランクス騎士(ナイト)になれますよ。
……やめろ。くだらぬ人気投票の統計を、わざわざ朝焼けの空気の下で朗々と読み上げるな。
(走るリズムは崩さず、だが眉間に深い皺を寄せて)
社員A、その『世界のシステム障害』とやらを叫ぶ前に、君自身の頭の配線を確認してこい。トランクスの干し晒しを“特殊効果防具”と呼ぶ時点で、既に社会的バグだ。
(ドジーを横目に)
……そして君だ。何が“トランクス騎士”だ。
私がそのような不名誉極まりない称号を掲げて社内を練り歩くとでも? 笑止千万。だが……。
(ほんの一瞬、目を逸らして声を落とす)
……支持が“圧倒的”という響きだけは……無視できぬものだな。
でもジェイス主任。圧倒的に支持してくれたのは社内の萌豚とキモオタの30代〜50代の男性です。彼らは「ジェイスたん(*´Д`)ハァハァ」や「ジェイスたんかわいいよ~! ぺろぺろしたいお〜!!」や「バーベキューは即席で作ったジェイスたんのアクスタを焼肉のタレに突っ込んでバーベキューするんだ!」などとほざいていましたが、あなたが目指す道でそんな支持を圧倒的に得てよろしいのですか?
ドジーくん、ドジゆえ無駄なところでジェイスに現実を突き付ける。
※無駄なところで有能な指摘ができるともいえる。
…………ッッ!!!
(走りながらも、一瞬で足取りが乱れる。危うく縁石に足を引っかけそうになり、慌てて体勢を立て直す)
お前……ッ! なぜそういう下劣極まる文言を逐一、朗読する必要がある!?
どんな倫理観の破損した連中が私の名を呼ぼうと、それを公言するお前の方が害悪だろうが!
(額に青筋を浮かべ、しかし声は妙に裏返り気味)
だ、第一……っ、アクスタをタレに突っ込んで焼くとは何事だ!? そんな真似をしても旨味成分など一切出んわ!
……いや、そういう問題ではなく……っ!
(苦し紛れに目を逸らし)
……まったく、どうして私は“支持層の質”まで吟味されねばならんのだ……。
ジェイスさん〜気を付けてくださいね。
今あなたはD02Iの男社員たちから狙われちゃってるんですから。昨日のバーベキューのあとメロメロになって酔い潰れた男社員、結構いましたからね。
ジェイス主任が寿退社したら、今度は僕らから居酒屋でお祝いさせてください。
ジェイスは男性を恋愛対象に含まないため、フラフラとしながら走る。
……ぐっ……。
(思わず呼吸が乱れ、ジョギングというより“ふらつきながらの徘徊”に近いフォームになる)
な、何を勝手に“寿退社”などと……っ!
私は社の都合で退くつもりなど毛頭ないし、ましてや……男に見送られるなど断じてあり得ん!!
(顔を赤くしてドジーくんを睨みつけるが、視線は泳ぎっぱなし)
……そ、それにD02Iの連中は毎度酔えば“メロメロ”だの“尊い”だの口走る痴れ者どもだろう! あれを真に受けるなッ!
……はぁ……はぁ……。
(心なしかペースダウンして、追い詰められた獣のように肩で息をする)
……全く……朝のジョギングがどうしてこんな地獄に変貌するのだ……。
ちなみにですが、社長命令で明日からジェイスさんの服装だけ規定が変わります。フリフリのドレスを着たアイドル姿で出社しなければならないため、通勤電車では盗撮や痴漢などされないよう気を付けてくださいね。
……なっ……!? 社長命令だと……?
ジェイスは首に掛けていたタオルを地面に叩きつけ、路上に乾いた音が響く。
馬鹿馬鹿しいッ!!
社服規定とは本来、社員の統一感と職務遂行に資するものだ! フリフリのドレスで出社するなど……っ、通勤電車で晒し者になる未来しか見えんではないか!
額に青筋を浮かべ、しかし内心では電車内でカメラを向けられる光景が脳裏をよぎり、冷や汗が滝のように流れる。
……くっ……貴様ら、これが“心理的安全性”というやつか?
いや違うな、ただの“公開処刑”ではないか……っ!
ジェイス、地面に落ちたタオルを拾う気力もなく、その場で頭を抱える。
それじゃあジェイス主任、明日日曜日ですが出社し、社長に交渉しましょう。
こういうときだけ妙にドジーくんが頼もしく見えて、ジェイスはウルッとした。だが……。
あれ? 明日ドジーは俺と一緒にライブに行くんだろ?
そうでした。失念してしまいすみません。
ではジェイス主任、僕と社員Aの家はこの近辺なので、休日明けにお会いしましょう。
〜3日目の記録(休日)〜
本日の業務外対応
本日は休日であるにもかかわらず、早朝ジョギングを通じてドジーくんおよび社員Aと遭遇した。
業務外での接触にもかかわらず、彼らは相変わらず「トランクス管理士」だの「特殊効果防具(トランクス)」だのと騒ぎ立て、私の精神的疲弊は増すばかりであった。
さらに「社長命令により翌日からフリフリのドレスで出社せよ」との虚報(願わくば虚報であってほしい)が伝達され、タオルを叩きつけるという異例の行動を余儀なくされた。
業務課題
- 社長命令の真偽確認(最優先)。
- 仮に真である場合、通勤中の防犯対策(盗撮・痴漢リスク)が急務。
- 部下の無駄に鮮明な報告(例:「ジェイスたんぺろぺろ」)が私の業務意欲を著しく削ぐため、言葉のフィルタリング機能導入を検討。
今後のチームビルディングについて
- ドジーくんは「社長への交渉」を示唆するなど、一瞬だけ有能な素振りを見せた。しかし直後に「ライブの予定」を優先し放棄。信頼性に欠けるため、今後のチームビルディングにおいては「責任感の持続」を育む必要がある。
- 社員Aは常に掛け声が「システム障害だ!」で統一されており、会話が混乱する。ビルディング以前に基礎教育が必要である。
今後のチームの心理的安全性について
- 「心理的安全性」の名の下に、私だけが羞恥と恐怖の渦中に放り込まれている現状は、組織的拷問である。
- 本来の心理的安全性とは「安心して意見を言える」環境を指すはずだが、現実は「安心して私を弄る」環境と化している。改善不可避。
その他の記録
- 明日、もし本当にフリフリドレスでの出社を命じられた場合、私は正式に労働組合を結成し、抗議行動に打って出る可能性が高い。
- だが残念ながら、現組織に「労働組合」が存在せず、結成を試みた場合はまずドジーくんとドゥーくんに「組合トランクス」を配られる未来が想像される。
- よって現時点では「祈るしかない」という、業務として最も非生産的な対応策しか残されていない。
