夜。ルバート邸の食卓には、異様な静けさと混沌が同居していた。
……いただこう。冷める前に食べるのが軍の鉄則だ。誰が作ったか知らんが、味は報告書にまとめておく。
報告書って言うな、じいさん。
せめて“愛の味覚レビュー”と呼ぼうじゃないか。今日の煮込みは——香りの段階で官能的だ。
……表現が過剰だ。肉じゃがに官能性を見出すなど、兵站に支障をきたす。
官能性は栄養バランスの問題ではなく、精神的連帯の指標ですよ。
食とは“共食の哲学”……つまり、この肉じゃがは“愛の集合意識”なのです。
いや母さん、それを“哲学”って言い張るのもう無理あるって。
てか、俺の皿に芋だけ多すぎない? 編集ミスじゃないか?
おお、見よ。阿呆の弟が編集を言い訳にする瞬間である。家庭の食卓でまで校閲魂を発揮するとは、血は争えないな。
阿呆って言うな!
そっちこそ、語彙の多さで誤魔化してるだけだろ! “うまい”でいいのに!
騒がしい。訓練場では声を出すなと教えたはずだ。
声の共鳴は家族愛の証ですよ。
……ただし、貴方の威圧的な声質は、赤子の心理発達に悪影響を及ぼす可能性があります。
おい待て!!!!! じいちゃんは軍人で、母ちゃんは爆乳教授で、長男は変態記者で、弟は浮気編集者!?
どういう家庭だよこれ!!!
“どういう家庭”とは不粋な発言だな、父。これぞ“概念としての愛の多元体系”だ。
いや、多元体系っていうか多重事故だろ! 嫁も子どもも混線してるんだよ!
ばぶっ♡(パパ、けんかやーよ♡)
見なさい。愛の象徴が言葉を発した。これは“ばぶ理論”の実証です。愛は常に未熟な形で始まり、成熟へ向かう……つまり私の爆乳も愛の進化形なのです。
何を言っているのか理解できん。
もうやめろおおおお!!!
お前ら全員ルバート家から出てけえええええ!!! 俺は普通の新婚生活がしたいだけなんだよぉぉぉぉぉ!!!
“普通”とは、記者として最も忌むべき単語だ。混沌こそ報道価値がある。
さぁ、次は“愛と混線の晩餐会”第二幕といこうじゃないか。
ばぶ♡(ぱぱ、だいすき♡)
うっ……唯一の救いが……この“ばぶ”だけとは……!!!
ルバートファミリーの夜は今日も平和(?)であった。
〜宿題タイム〜
ルバート邸の食後と片づけを終えると、リビングでは「宿題タイム」という名の修羅場が幕を開けていた。
……なぁ兄貴、俺たちが“学校の宿題”って設定、無理ないか?
お前も俺も成人どころか既婚だぞ。
ふむ、設定の違和感を気にするとは編集者らしいな。だが“課題をこなす”という行為は、人生という物語の宿題にも等しい。
ほら、今夜のテーマは“家庭科『家族愛の表現』”だ。
いや家庭科のレポートに“愛の表現”って項目ないから! “味噌汁の塩分濃度”とかそういうやつだから!
塩分濃度——素晴らしい。つまり“塩味の中に宿る感情の振幅”をどう捉えるか。これはまさに“恋のナトリウム論”だ。
恋のナトリウム論て何!? 塩分摂りすぎたら高血圧になる理論だろそれは!!
父、ツッコミが科学的だ。だが私は文学的高血圧を恐れぬ男だ。
はいはい、その文学的高血圧のせいでこの家の空気が濃いんだよ。窒息しそうだわ。
そこへ、背筋を伸ばした影が現れる。
……宿題というのは、精神を鍛える訓練だ。
感情論を交えるな。内容を要約して報告書として提出しろ。
出たよ軍人モード!
なぁじいちゃん、“報告書”じゃなくて“感想文”なんだよ!
同義だ。事実と感情を分ける訓練になる。貴様らは情動に支配されすぎだ。
ほう、ならば私の“情動レポート”を提出しよう。“兄弟愛の境界線”と題して——。
やめろおおおおお!!!
題名からして怪しいんだよぉぉぉぉぉ!!!
静粛に。記者の魂を育てるには、己を曝け出す勇気が必要だ。……もっとも、お前のそれは誤報だが。
はっ、鋭い。祖父よ、貴方の言葉には冷徹な事実愛がある。まるで氷点下の恋文だ。
詩的比喩を混ぜるな。
空気がピリつく中、ドアが開く音がする。
……ほほう、感情と理性の対立。まるで恋愛心理学の縮図ですね
さぁ、知の使徒である私が指導しましょう。
いや、爆乳で“知の使徒”名乗るのやめろ! 存在感が知より先に来てるから!
大丈夫、私の胸囲は“知の膨張”の象徴です。では授業を始めます——題して、“兄弟間における愛のアカデミズム”。
いやだから俺たち兄弟なんだって! それを“愛のアカデミズム”とか言うな!
むしろ興味深いテーマだ。兄弟の愛、それは血の繋がりと魂の共鳴の狭間——。
貴様ら、黙れ。宿題をやれ。
いえ、教育とは愛です。愛なき宿題はただの作業に過ぎません。
教育とは規律だ。愛ではない。
愛は報道だ。真実を伝える義務がある。
俺は修正だ。誤字脱字があれば愛も消える。
やかましいわ!!!
どの哲学でもいいからまず宿題やれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
(寝室からよちよち現れる)
ぱぱ、けんかだめ〜……。
……ほう、愛の天使が降臨したようだな。
この子こそ、“純粋なる知の起源”です。愛と秩序の統合こそ、人間教育の到達点……!
寝かせろ。訓練は明日に延期だ。
了解っす。てかもう寝ようぜ。
今日いちばんの勉強は“家族の混沌”だわ。
そうだな……俺も学んだよ……この家では“常識”って教科が一番難しいんだな……。
〜宿題タイム(2日目)〜
翌日の夕食のあと、ルバートファミリーの屋敷では、静かな(はずの)夜が訪れていた。
だが、いつものように静寂は三秒で破られる。
なぁ兄貴、宿題の“家族の絆について書け”ってテーマなんだけどさ……。
俺達全員、同じ顔でどう書けってんだ?
簡単だ。愛の形に正解などない。だが、そこに“肉体的表現”が伴うなら、私は喜んで表現するまでだ。──ページの余白に♡でも描いておけ。
やかましいわ!!!!!
お前の愛の表現は家庭科のレポートじゃなくてR18なんだよ!!!
ふむ……。ではこう記せばいい。“家族とは、性愛と知性の融合によって生まれる共同体である”と。
お前は真顔で何書かせようとしてんだ知の使徒!!!
教師免許どころか倫理審査通らねぇぞ!!!
その時、重い扉が“ギィィ”と音を立てて開いた。
貴様ら、騒音が過ぎる。学び舎を戦場と勘違いしているのか。
おお、来たな祖父よ! 今夜も厳しい指導を、どうか優しくお願いしたいところだ。
頼まれなくとも貴様が真っ先に立たされるのだ、長男。
ルバート家一同の騒ぎの中、突如──天井がビリビリと震え、眩い光が部屋を包み込む。
……やれやれ、ここの空気はどうにも騒がしいな。静寂を知らんのか、ルバート家は。
ん? おい、誰だその胡散臭い転校生みたいなのは。
私か? ただの取材記者だ。……だが気づいたら、“この屋敷”に閉じ込められていた。
どうやら、出口は存在しないらしいな。
なんでお前まで増えてんだよ!?!?!?!?!?!?!?!
ていうか“閉じ込められてた”って何だよ!? ここ俺の家だよ!!??
……なるほど。ならば今日から私はここに“住み込み家庭教師”として滞在する。
幸い、君たちには常に“問題児”がいるようだ。
ほぅ、記者が教師に転職とは。ミステリーとは人生そのものだな。
ふむ、では“家庭教師=家庭を教える者”と定義するならば、彼は我々に“家庭の在り方”を説く資格があるかもしれんな。
お前ら揃いも揃って話が飛躍しすぎだわ!?!?!?!?
ていうか“住み込み”!?!?!? 家の構造的にお前の部屋どこにすんの!??
屋根裏が空いているだろう。
──無論、そこは“監視の好都合な場所”だ。
……監視対象が多すぎて、推理の難易度が上がりそうだな。
ただ、一つだけ言える。“この家の真犯人”は、おそらく“ホーム版ジェイス”だ。
おいこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!
なんで俺が犯人扱いなんだよおおおおおおおお!!!!
ばぶー♡←笑顔で手を叩いてる
ほら見ろ、“純真なる者は騒音を超えて微笑む”という実証だ。実に美しい。
解釈がめちゃくちゃだよ!!!
